めむろ国語専門塾
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小さな国語塾のつぶやき
解く時は自分の感情はタブーだけど・・・
「小説は自分の感情を入れて解かない、あくまでも文中からヒントを探す」というのは鉄則だが、そうは言っても「命」がからむ文章だったりすると、作中の主人公は冷静な態度であっても読み手の中に無意識で「かわいそう」という感情が芽生えてしまい、その自分の感情で解いてしまうことがしばしば起こる。というわけで昨日は中学生クラスで「命」を扱った小説を演習。さて、無事に?授業終了後に某生徒から鋭い発言が。彼は「小説はしょせん小説(作り話)だから矛盾点が多い」ということを言いたかったらしい。明らかにファンタジー(例えば妖精が出てくる、動物がしゃべる)ならば、それはそれで「作り話」と割り切って読むのだろうけれどいわゆる「ありそうで、実はないだろう・・・」という微妙なストーリーに対して指摘があった。生徒「先生!国語の教科書(二年生)に掲載されている、『夏の葬列』。あれって絶対におかしいですよね。主人公はヒロコさんが白い服を着てるから爆弾の標的になりやすい・・・ってことで自分の身を守るために突き飛ばすけれど、一体どれほどの力で突き飛ばしたの?って言いたくなりますよ。突き飛ばすって言ってもせいぜい数メートルでしょう?ヒロコさんに爆弾が直撃したならば近くにいた僕だって衝撃で腕の一本吹き飛んだって変じゃないと思うんです。でも僕は無傷なんてありえなくないですか?運がよかった・・・にしてもおかしいです」とブツブツ。「それが小説、非現実なことを書いてOKなんだよ~」と言葉を濁しつつも彼の視点や発想には思わず内心拍手。与えられた情報を素直に鵜呑みにするのではなく「あれ?」「何かおかしい?」という視点を持つことはあらゆる面において大切なことだから。国語の解答や読書感想文に正直に感じた疑問を書くのは・・・?だが(その辺りはきちんと空気を読んでいる彼)、今後も鋭い視点を持ち続けてほしいと思った出来事だった。
2017/09/08 13:12
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正直者が馬鹿を見る?
「正直者が馬鹿を見る」という諺が昔から語り継がれている。【意味】正直者が馬鹿を見るとは、ずる賢い者はうまく立ち回って得をするが正直な者は秩序や規則を守るために、かえって損をすることが多いということ。確かに・・・と納得する人も多いだろうし個人的にもこの諺は半分真理をついており、ある意味致し方ないという想いもある。まず、そもそもなんでもかんでも正直に言えばいいか?ということに突き当たる。個人的には時と場合に応じて「愛のある」嘘ならOKだと思うわけで・・・。とにかく「正直に言う、行う」のがいいとばかりに生きていると疎まれたり損することも出てくるのでは?そういう意味では「正直者が馬鹿を見る」というのは当てはまるだろう。正直という言葉を自分の信念を曲げないことと勘違いすると行き詰まる。例えば勉強の方法を間違えているにもかかわらず、本人としては「真面目に漢字をひたすらひたすら100回書きました!にもかかわらず大して練習していない人の方がいい点で自分は・・・。やっぱり世の中は正直者が馬鹿を見るんだ!」というのは少々ずれていると思う。コツコツとひたすら頑張るという点は素晴らしいけれど、やり方を間違っていることに気付かずして人をうらやむのはお門違い。つまり要領よく努力している人に対して、その人の努力や正しいやり方を見習わずして自分のやり方に固執して失敗するという場合は、決して「正直者・・・」ではなく根本的に方法を見直すべきだと思う。とはいえ、本当に真面目に努力しても報われないことも日常茶飯で、実際に要領よく立ち回っている人が陽の目を見ることがあるのも事実。でも、長い目で見ると努力なしの要領だけのタイプは必ずメッキがはがれる時が来る。以前に書いたけれど、まさに「天知る地知る我知る人知る」だろう。人知れず頑張っている人のことを意外なところで人はちゃーんと人は見ているものだと信じて今日からも皆、ファイト!
2017/09/07 14:34
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主語と述語
「記述」のコツは何度も授業で取り上げて実践しているので、最初は記述が苦手だった・・・というタイプでも通塾歴が1年以上ともなると基礎的な問題はできるようになっており嬉しい限り。が、が、が、また新たな課題が見えてきてる。どんな課題か?①反語表現を正しく把握すること②対比されている文章において、記述すべき項目の述語はどちらなのかを把握すること、の二点。①に関して言うと、文中に「~ではなかろうか(反語)」≒「~だ(強い肯定)」となっているが記述する際に「~ではない」と書いてしまった生徒がいた。○も×もつけずに本文を指さして「この文章ってどういうこと言ってる?~ではない、~だ、のどっち?」と問うときちんと「~だ」と答える。にもかかわらず解答では「~ない」となっている。この原因としては読んでいる最中は一応内容を理解はしているけれど、記述の段階になると内容うんぬんよりもいかにして字数内に収めるか?どの言葉を使うか?の方に意識が行ってしまい「使う言葉」「消す言葉」を振り分ける作業をする際にパッと文末だけを見て「~ない」と誤った判断をしてしまったと考えられる。また②に関しては文章を要約すると「Aは楽しくなくて苦しい、Bは楽しくて苦しくない」というシンプルな文になるのだけど本文中ではAとBが混在して書かれており、解答ではAについて答えるべきところを「Aは楽しくないが苦しくない」というなんだか矛盾した文章が!思わず「え?楽しくないけれど苦しくない?どんな状態だよ~」とツッコミを入れたくなる。むろんそういう感覚の人もいるのかもしれないけれど・・・。落ち着いて読み返せば分かるような間違いで、間違いを指摘すると本人たちは「あれ?」と大笑いする、こちらとしては笑ってすまされるような問題ではない。とにもかくも主語と述語の関係はいくら注意しても注意しすぎることはないと言いたい。
2017/09/06 13:34
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成長ぶり
教える仕事をしている人間にとって、生徒たちの成長ぶりは最高に嬉しいもの!むろん毎日毎日、子育てに頑張ってらっしゃる親御さんにとっても子供の成長ぶりというのは最高の喜び。さて、先日保護者様から嬉しいメールをいただいたので紹介させてもらう(掲載許可済み)。「昨日嬉しかったことがあったのお知らせします。○○(弟)△△塾の錬成ワーク(国語)が出来ていなく、☆☆(姉)がリードしてくれ解きだしました。『まずはキーワードは?接続語にチェック!』など話して○○がチャレンジしていました。すると『あるときは場面が変わるんだよね?しかしが出てくると後が大事なんだよね。後と前とは反対のことをいっているんだよ!』と○○が言い出しました。普段は適当にしている宿題でしたが、少しずつ変わってきているのかなと思った瞬間だったので、陰陽師さんにお知らせしたくメールしちゃいました。」(全文掲載)。このメールを読み、感動するとともに「おおっ!正しい勉強法だ!」と思ったのですぐに折り返しメールし、掲載許可を頂いた。ここには素晴らしい勉強のエッセンスが含まれている。それはズバリ「自分の中で情報を確認し、口に出すこと」!!この場合、☆☆ちゃん(姉)にとっては弟を助けてあげようというつもりでの行動だが、実は人に教えるということは完璧に情報が頭の中で整理される必要があるため、難易度が高い行為。難易度の高い行為をすること≒実は自分自身の勉強になる。○○君(弟)にとっては、「そんなこと知っているよ~」というプライドがゆえに自分で声を出して確認することになったわけだが、これも「教える」行為と同じで正確に理解していないことには口には出せないもの。実際に試してみると分かるが、あやふやな知識や情報をいざ人に説明したり口に出してみようと思っても難しくて出来ないもの。ちなみにこの兄弟は年齢が近いこともありお互いに切磋琢磨、特に姉の☆☆ちゃんがいつも優しく弟の様子を見て手助けしてくれる。今後もこのような勉強法を彼らには続けてほしいし、兄弟の有無に関係なく「覚えたことを実際に口に出す、人に説明する」ということをぜひ皆も実行してみてほしい。
2017/09/05 14:54
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意外性
今月中にはHPを整理しようと考えており、その一環として何名かに「お客様の声」といったアンケートを書いていただいている。HPに掲載するとなると「悪いこと」「不満」を書けず皆さん気を使ってよいことを書いて下さり有難いなあとつくづく感じる。とはいえ、意外だったのが「どんな先生ですか」に対してのコメントが「やさしくて(👈ふんふんそうでしょう?笑)、面白い」という意見が多数だったこと。個人的には「面白い」ということに対して嬉しい反面、「???」だから。真面目が服を着ているような人間だと自分では思っており、友人からは怖い怖いと言われ続け・・・。つまりは真面目過ぎるところが「笑える→面白い」なのか?何はともあれ嬉しいコメントであり、よかった~とホッとしている部分もある。生徒にとって勉強する際に①勉強する対象②勉強するときの雰囲気③指導者のセリフなどなど、①~③のうちたとえ一つでもいいから「面白い、楽しい」と思える要素があったら記憶に定着しやすいから。さて、先日小学6年生には宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」が題材となっている問題を宿題で出した。でもそれこそ、それだけでは面白くないだろうと思い宮沢賢治についての面白おかしいエピソード満載の本を紹介し、一緒に読んだ。その本は「日本文学のススメ」(関根尚著)で、生徒たちは「え~っ、変!おかしい~」と文豪のことをけちょんけちょんに・・・。伝記などを読むとまるで有名な文豪たちは聖人君主で自分達とは別世界の人のように書かれていることが多いけれど、決してそうではなく、なんら我々とは変わらない「お茶目な」「変な」部分もあったんだよと言いかったことと、少しでも文豪の面白おかしいエピソードを記憶にとどめることによって今後書を通して彼らに親近感を持ってもらえると嬉しいなあと思う。あ、その点国語塾の指導者はあまりにも普通(全く優れていない)ので親近感を持ってもらえ、有難い限り。
2017/09/04 04:01
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殿の資質
先日、野人流忍術主宰 甚川浩志さんがNHKラジオ番組に出演しており、氏の新刊『職業は忍者 激動の時代を生き抜く術、日本にあり!』(新評論)紹介に始まり忍者の資質、忍者と殿さまとのやり取り上のルールなどを話されていた。そもそも忍者とは「忍術を使って敵方に忍び入り、諜報・謀略活動などを行う者。忍術使い。忍びの者。」という定義、一言で言うとスパイ。となると依頼主である殿さまに対しての報告は時には「あまり好ましくない」内容の物も含まれるが、いかなる内容であっても忍者からの報告に対しては殿さまは「ちょうどよかった」と答えなくてはならないらしい。具体的に甚川氏とアナウンサーが困ったシチュエーションを想定してのやり取りをされていた。例えば忍者が「携帯電話を忘れていたため連絡が出来ませんでした。」と言うと殿は「ちょうどよかった、ワシも電池が切れてしまってつながらない状態だったから。」といった具合に。これを聞いた時、「ああ、人の上に立つ人というのはちょっとした(いやかなりの?)ことには動じないような度胸と、勇気、さらにはどんな状況にあってもそれをプラスに転換するような機転や発想力が必要なんだなあ」とつくづく感じた。まあ、当然と言えば当然か。トップに立つものがいちいち気が動転する・・・なんてなると下の者は不安でついていけないだろう。と同時に何かトラブルがあった時にとっさに「無理やりこじつけ」でプラスの発想をでっちあげることによって、意外とそのでっちあげにヒントが見つかるのかもしれないなあと感じる。本当は放送を最後まで聴きたかったれど車中でラジオを聴いており、目的地に着いたため中断。近々甚川氏の新刊を読んでみようと楽しみだ!
2017/09/03 03:32
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抜き出しの問
「抜き出し」の問題は絶対に落としてはいけない!と常日頃思っており、そのように生徒にも伝えいる。なぜなら百パーセント答えが本文中にある→探せば見つかるから。では、「抜き出し」の問いが簡単か?と聞かれると「NO!」だ。出題者側はまことしとやかに「ひっかけ」をほどこしているから。例えば、本文中の傍線部分を解説した文が紹介されており、その紹介文の一部が□になっているような場合、ついつい□に入る言葉を本文中の傍線の近くばかりを探してしまう生徒達。あながち間違いではないのだけれど、もっと大切なことは問に書かれている解説文の□そのものの近く、つまり言い換えると前後をしっかりと読む必要がある。「周囲の人々や□は・・・」という場合は、「周囲の人々」に着目して、この言葉の言い換えを本文中から探し、その部分で適正かどうかを見る必要がある。この場合に関しては「周囲の人々」≒「家族、友人」ですぐに見つかった。「や」≒「そして」・・・でこれもOK。すると「家族、友人そして自分自身・・・・」と本文に書いてあるので□には「自分自身・・・」と入れればよい。にもかかわらず、この問題の正答率が異常に低かった。理由は、本文の文章構成がA+傍線+Bという構成だったが問中の解説文はB+傍線+Aと、ちゃっかりと内容の前後を入れ替えられていたから。抜き出しの問題は先にも書いたように抜き出すべき空欄の前後の言葉さえ、しっかり見て本文から探せばいいだけなのに、ご丁寧にも本文を素直に全部読んでしまったことによって混乱を生じた多数の生徒。数人のうち一人だけ正解し、どうやって解いたかを聞いたところ「僕は本文を読まずに解きました」とのこと。これぞまさに正しい方法。本文を読むことはもちろん大切だけれど、空欄補充に関しては最初から最後まで本文を読む必要はなく、あくまでも「探す」ということを意識してほしい。これは受験勉強、その他にも当てはまる。最初から丁寧に一つずつ…なんていうと間に合わない。今、どの順番っでどんなふうに行動すべきかという優先順位を考えることが必要だと思う。
2017/09/02 16:45
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国語塾の日常2
期末テスト真っただ中で明日が国語のテストがある予定のS君とM君。授業終了後も自主的に居残りして、文法の演習を行っていた。学校専用のワークを繰り返し解いていたのだが、どうしても間違ってしまう問題が1、2問。最初にS君に説明し、S君が納得した後に同じ個所を間違えてしまったM君。すると得意げにS君が「僕が教えてあげる!」とのことだったので「よろしく!人に教えることは自分の理解につながり、最高の勉強になるよ。」と伝えた。M君は「こちらは○○です。」を形式名詞だと勘違いしていると(本当は代名詞)S君はすかさず「形式名詞の場合は、必ず前に修飾語があるはず!でもこれは修飾語がなくいきなり傍線になってるので形式名詞ではない。じゃあ何か?というと・・・・ほら、ほら、『あれ』とか『それ』は代名詞だよ。」という完璧な指導!「思わず素晴らしい!!!!90点!」と伝えると「でしょう?90点だったらまあいいですね。ちなみに10点はなんですか?」と聞くので「前半は完璧、後半が説明不足。つまり『こそあど』≒代名詞だと満点。『こそあど』と言えなかった点でマイナス5点」S君「僕は先生の気持ちがよく分かりました!人に説明することによって相手は分かっていなかったり伝わっていなくても自分だけは満足できるということを!」👈そういうセリフを言うだろうなあと想定していたので「そうだよね・・・。ちなみにそのセリフでマイナス5点。合計マイナス10点」と伝えておいた。でも内心は100点どころか120点だよ~~~~と嬉しかった。S君は地頭がよいタイプでさらに最近やる気がプラスされており、今後がますます楽しみだ。ちなみに先日の「ある日の出来事」の主人公、望郷の念≒ホームシックもS君。最近やたらブログに登場率が多く・…今後もどんなことをしでかしてくれるかも楽しみだ。
2017/09/01 02:39
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「下手の横好き」「好きこそものの上手なれ」
「下手の横好き」という諺がある。「下手なくせに、その物事をむやみに好み、熱心なこと。」という意味で少々皮肉ったような意味合いだ。でも「好きこそものの上手なれ」(好きな事にはおのずと熱中できるから、上達が早いものだ。)という諺もあり、要するに最初は下手であっても「好き」と言う気持ちが大切だということをこの二つの諺が言っている。むろん、下手の横好きで終わってしまうタイプや物事も世の中には沢山あるけれど少なくとも「好き」という気持ちは上達への最低条件だろう。さて「得意」は上達への条件となるか?と聞かれると個人的には「うーん・・・条件としては弱い」と言わざるを得ない。なぜなら「得意」だけで、「好き」という気持ちがない、あるいは「好き」という気持ちが弱いならば努力が続かないから。夏以降は高校の体験学習や説明会が随時行われる時期で、どの学校が自分に合っているか、はたまた普通科か専門科かを15歳にしてまずは選択を迫られる。その際に自分は理科と数学が得意だから理数系専門に、音楽や美術が得意だから芸術系へ、運動が得意だからスポーツ系へと軽い気持ちで進むことはお勧めできない。先にも書いたように純粋に「好き」という気持ちが進路決定におけるウエートの大半を占めているならば話は別だが。同級生を見ていると頭がいいからという理由で理数科クラスに特別入試で入ったものの文転したタイプがチラホラ・・・。自分自身に関しても周囲から、良かれと思っていろいろな専門科を勧められたけれどすべて却下した。幸いなことに「得意だけど、その得意を上回るほど好きではなかった。自分の才能の限界を一番自分が知っていた」という理由からだ。自分自身に関して言うならば転機はやはり高校の頃か。当時は文章を書くことは好きだけど得意ではない、自信がないという状態、文系なので入試で必要となる可能性があるため迷いながらも「小論文クラス」を履修。当時はまさか将来の仕事につながるとは全く思っていなかったけれど、少なくとも「小論文クラス」の授業が楽しかったことが良い影響をもたらしてくれたことは間違いない。何はともあれ進路選択とは「自分は何が好きか?何ならば長く続けても嫌ではないか?」を考えてみるよいチャンス。
2017/08/31 13:49
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流行
物事の基準判断の「流行」というものは必ず存在する。つまり時代時代によって万人に受ける受けないという基準があり、それは大きく変化すると思う。先日、中学生がポツリと「先生!女性に対して『あなたは見返り美人みたいですね(江戸時代、元禄期における菱川師宣作の浮世絵)』って言われたら事情を知っている人はショックだよね。でもそうではない人ならば『え?美人?嬉しい~~~』となるかなあ。」ともらした。彼は期末試験に向けて国語はもちろん、他の科目も一生懸命勉強しているからこそのセリフだろう。ところで「見返り美人」≠「美人ではない」と彼は言いたいわけだ(笑)。思わず「確かに・・・美人の基準は時代によって違うよね。それを言うならば『あなたは天平美人ですよね』と言われる方がよっぽどショックだよ。」と返したら大うけにウケた。ついでに「もしも教科書に載っている顔が本物に近いならば、○○って迫力あるよね。怖すぎ・・・」と言いたい放題の中学生。👈おいおい・・・。とまあ、人の好みはそれぞれだけど文学作品にも時代によっての流行があることはきちんと意識しておく必要がある。中学歴史で学ぶ「白樺派」の作家、志賀直哉の作品については短編が多いので読んでおく方がベター。仮に読まなくても少なくとも、大正・昭和初期の作品は「死」を冷静に見つめていること(島木健作「赤蛙」、志賀直哉「城崎にて」など)、特に志賀直哉の作品は少々「皮肉」めいた内容が多いという事実だけでも知っておくほうが良い。これを知っていないと解けないような問題が中3テキストに出てきた・・・。志賀直哉≒皮肉…シニカルな視点の作品が多いということを知ってるとすぐに解けるような問題があった(詳細は割愛)。以前に何度も紹介したように石川啄木≒望郷の念もしかり。国語は母国語とはいえ最低限の言い回し、表現法はもちろんのこと各時代の流行、作家の作風などはぜひポイントとして押させておく方がよい。
2017/08/30 13:08
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